最萌ん時に作った支援。


「ぽかぽか…ですねぇ……」
 ぽそり、と一言。何となく頭に浮かんだ事を意味もなく躊躇いもなく、つい口に出してしまった。
 「……とは…よく言ったものね…と言えばいいのかしら…?」
 「…聞いていらしたのですか……」
 しまった。気が緩んでしまったのか、ちょっと恥ずかしい。
 「まぁ………春だしね」
 「はい……春ですから…」
 平然さを装うも、自分の頭と背中の羽が落ち着かなく揺れる為、無意味に終わる。なるほど…春には基地外が増えるとは一種の戯言かと思っていたのですが、あながち間違いではないようです。しかしまさか自分自身が例となってしまうとは…。
 「気持ちはわからなくもないわ。…いい春日和だもの」
 「はい…」
 主と共に、窓に目をやる。ここ魔法図書館に少ししかない小さい出窓に写る情景。それは正しく春一色であり、気が狂いそうなほど鮮やかな彩。紅魔館の庭園にも桜は少し存在しますが、まるで全ての木々が桜に変わり果てたかのように咲き乱れ、舞う様に散り、全てを春色に染め上げる。私の背丈にも満たない窓にすら凄まじく春を訴えかけるのです。表に出たらきっと本当に気が狂ってしまうでしょう。
 「……きれいね…」
 「はい……」
 ぽそり、と今度は自分の主人から一言。うっとりとした、普段は寡黙な方には感じられない自然な発音。私は思わず、主であるパチュリー様の顔を見つめてしまった。
 魅了されたかの如く出窓から視線を反らさないパチュリー様。ふと我に返られ、自分らしくもない発想と私の表情に相当な驚愕を見取ったのか、パチュリー様は、
 「……何となく、よ。外を見たら……つい…ね」
 と、顔を赤らめて露骨な誤魔化しを聞かせた。
 「まぁ……春ですから」
 「そうね…春だしね…」
 顔を見合わせ、どちらともなくくすりと薄く笑う。私にとっての一瞬の幸せ。
 何処からか風が吹く。ふと、窓を少しばかり開け放ったことを思い出す。
 暖かい空気の流れ。入り込み、居場所を求めるように舞う桜の花びら。鼻につく怖いくらいに甘い香り。ただ窓を開けただけで五感全てに春を感じてしまう。
 きっと私たちも、その春に少しだけ惑わされたのかも知れません。
 私たちはそれから少しの間、出窓から目を離さずに時を過ごしました。
 それは変わり果てた日常の、ほんの僅かな泡沫の夢……。



こんにちは、小悪魔です。名前は……そういえばまだありませんね…。まぁ皆さんには4面中ボスと言えばわかりやすいんで、それで。
 さて、話は変わりますが、春です。はい。……今、だからどうしたゴルァと思った方、素直に挙手。…怒りませんから。
 普通の春ならいいのですが、これがまた勢いが凄くて…。どのくらいっていうと…そうですね……まんま説明させていただくと、当社比で17倍くらいは例年を上回る春っぷりで、力の弱い妖怪は春の気配に誘われて気が狂うこともありえるくらい。ついこの間までは吹雪の荒ぶる極寒の冬でした。なのに、その名残は何処へやら、何もかもがこれでもかと言わんくらい春を主張しています。
 原因を調べに行った咲夜さん曰く、
 『春を勝手に根こそぎ集めていた馬鹿幽霊姫がいてね。制圧したら春が一気に押し寄せちゃったのよ。そう…ちょうど、コップに水いっぱい溜め込んで、それをひっくり返したような感じね』
 だそうで。今現在、五月。解き放たれた春が遅れを取り戻そうとしているようにも見えたのは、甚だ間違いではなさそうです。
 春気に煽られて、つい全力でほんわかしてしまった私たち。日は既に高く、外は相変わらず。館内もそれを少し気にするくらいで相変わらず。あまり外に出ない私達にとって、濃縮された春だろうと三年分は長引かせた冬だろうと、大して違いを感じないのです。せいぜい暑いか寒いかの差でしかありません。
 すなわち、日常。この程度では私達の生活は僅かでも揺るがない、例えば雨が降った日程度のささやかな異端。
 しかし、珍しいといえば珍しい来客の思わぬ提案に、それは確かに動きました。
 「「お花見……?」」
 三人分のお茶を煎れる私と椅子に座り読みかけの本に手をつけていたパチュリー様は、ほぼ同時に言いました。
 「そうよ。こんなに凄いんだし、損じゃない。これから皆で行きましょう?」
 「……まぁ…確かに凄いけど…」
 言って、パチュリー様が外を見やる。一面の桜色は既に見飽きたざわめきを変わらず醸し出す。
 私は煎れたお茶をパチュリー様と珍しいといえば珍しい来客であるレミリアお嬢様に差し出してからそれに倣う。やはり相変わらずの春っぷり。
 「しかし…こんな中で花見なんて……」
 「あら、仮にも貴女は悪魔。行き過ぎた春に惑わされるような低級妖怪と同じ力しかないのかしら?」
 私の言葉に軽く付け加えてから、お嬢様が紅茶を静かに口にする。うん、おいしい、と言うお言葉が何故か寂しく館内に響く。
 「いいじゃない、たまには。霊夢とか西行寺の姫とか…魔理沙も呼んだし」
 悪戯っぽく笑うお嬢様に釣られるように、パチュリー様の表情が一瞬固まる。
「ふふふ……まぁどちらでもいいわ。決めといてね。それじゃ、お茶ご馳走様」
そう仰ってからお嬢様は席を立ち、そのままお帰りになられました。
パタン、とドアが閉まる音を期に、再びいつもの静けさが館内を満たします。窓の外に広がる春だけが辛うじてその情景の寂しさを趣なものへと傾けています。



「………」
「いかが…いたします?」
「どうするって……」
答えに詰まってしまわれた様子。いつもだったら『疲れるから』とか『面倒だし』とかの理由で辞退されるのですが(結局は咲夜さんに無理矢理引きずり出されるのが大抵ですが)、やはりといいますか……
「(魔理沙さんのこと…よっぽど気になるんですね…)」
私は決意しました。詳しくは言えませんが、気分は悪魔の身ながら恋のキューピットです。
「…いきましょう、花見。たまにはいいじゃありませんか」
「……」
「そうですか……」
無言の返答が意味する事くらい私にも判ります。しかし我に策ありです。
「少々、失礼します…」
言ってパチュリー様から離れる私。勘が正しければ、そろそろ来られるはず……。
ドス…ガチャ……ドタドタドタドタ……!!
的中です。こんなにも騒がしく此処を歩かれる方は、あの方を除いて他に居ません。
「花見いくぞパチュリー」
パチュリー様を見つけて開口一番そう言い放ったのは、他でもない魔理沙さんです。
他の追随許さない騒々しさと唐突さは流石の一言。今日も例外にならない独尊っぷりです。
「え…?魔理沙……?」
「ほら早くしろ。皆待ってるぜ。名無し悪魔もな」
「はい」
強引にパチュリー様の腕を引っ張る魔理沙さん。
「ちょ…ちょっと!!放してよぉ!!」
「さぁ行こうやれ行こうすぐ行こう」
「あ…やめ……助けてぇぇぇぇぇぇ………」
ドップラー効果を効かせて遠のくパチュリー様を遠めに、私は準備に取り掛かります。
思った通りの展開に心の中で笑いつつ。自分やお嬢様がどんなに誘おうとも揺るがなかったパチュリーさんを、こうも簡単に連れ出した魔理沙さんを、少しだけ羨ましく思いながら。


場所は紅魔館から歩いて1〜20分くらいの位置。
「うわぁ……」
丘のてっぺんまで辿り着いた途端、感嘆の声が幾つか上がる。幾度となく同じ場所で春を迎えた私達にとっても、いつもの場所は既に別世界でした。
私達を包み込むように広がる森は桜一色で、柔らかく暖かい空気との調和で春を織り成す。ざぁ…と風が靡けば全ての木々がそれに答え、蒼き空と木漏れ日を覗かせては舞い散る桜の花弁と残り雪を照らし、七色の光を湛えたまま塵となって何処かへと消えていく。繰り返され、かつ姿形を常に変える現象の数々は、それだけでも見るものを圧倒し魅了する恒常としてあり続ける。
色が春を彩り、音が春を鳴らし、風が春を伝う。それは見渡せば一面の春と言う例えに偽りを感じない、まさしく絶景。
「すっっっ………ごぉぉぉぉぉぉぉぉい!!」
まず真っ先に、妹様と橙という化け猫さんが素直な感想を惜しげも無く虚空に響かせ、(妹様は日傘を持ちながら)はしゃがれた様子で辺りを走り回り、桜舞と一体化される。『橙、余り走り回んで怪我するんじゃないよ』とは、橙さんの主人、八雲藍様。
「やっぱり例年より激しい春ね…」
お嬢様が、咲夜さんが持つ日傘の下から見上げて言う。純粋で濁りの無いその瞳は、今のご心境を物語るにこれ以上ない事実でしょう。
「あら、スカーレットデビルともあろうものが桜なんかに魅入られるのかしら?」
隣に並ぶは、霊夢さん。相変わらずの巫女服姿は一面の桜と相まって幻想に違わない色合いを醸し出します。
「綺麗なものは綺麗といっておかしいかしら?」
「人を選ぶわね、それは」
「いいのよ、私は」
「何でよ」
霊夢さんの問いに悩む事無く、刹那に二人して口を開かれる。
「「「「「「吸血鬼だから」」」」」」
音質の異なる同一の言葉が六つ、風と森が成す旋律にアクセントを加える。霊夢さんとお嬢様、日傘をもつ咲夜さんと後ろに続く魔理沙さんと西行寺家の当主、幽々子様、そのお友達である八雲紫様。ズレもなく重なる声に皆僅かに驚かれ、そして誰からともなくくすりとはにかむ。
具現化した一つの確かな平穏と幸せ。私はそれを眺めて、改めてこの人(吸血鬼、妖怪、亡霊等含む)達と関われて良かったと思います。
「それにしても…本当にいい場所ね。誘って頂いて感謝するわ」
「そうですね。ここまで趣があるととても自然のものとは思えません…」
幽々子様とその従者、魂魄妖夢様がお嬢様に仰る。
「ふふ…それは良かったわ」
「……見つけたのは…私……なんです…けどね……」
そうか細く訴えるのは、美鈴さん。そりゃもう見事な唐草の風呂敷を、よいしょと言わんばかりに下ろしたばかり。誰も耳を傾けてくれないことは承知のようで、涙ながらに準備を始められます。私が手伝いに入ると、『判ってくれるのは貴女だけよぉぉ…』と静かに感動されてしまいました。
「………」
そして、私の横で不機嫌そうにしているのがパチュリー様。それもそうです。半ば無理矢理連れ込んで来たのですから。久しぶりに荒れた道を長く歩いたせいか、疲労の色が隠せていません。
私がそれらを少しでも宥めようとして、

次の瞬間、その思いを留めた。

見れば、魔理沙さんがいつの間にかパチュリー様の隣につき、いつもの調子でお話をされている光景が目に入ったのです。
視覚に神経が行き届いたかかの如き錯覚。音を聞き取れずに、お二人の成り行きを見届ける。
魔理沙さんが話しかけて、パチュリー様が一瞬怪訝そうな顔をされて、でもそのうち、笑顔に変わった。
私がパチュリー様に声をかけても、きっと気休めにしかならなかったでしょう。
でも魔理沙さんは、パチュリー様の笑顔を誘い出された。
………私の表情が変わる。
それは笑顔だと、私は信じる事にします。

「まぁとりあえず、乾杯といきましょうか」
「そうね…ほら橙に藍。その辺にして、こっちにいらっしゃい」
「フランも、後になさい」
お嬢様が音頭を取られ、小さなざわめきが止む。最早当然となった桜吹雪とその唄が際立つ。
「んじゃ、とりあえず…この必死な春にでも」
「構わないぜ」
魔理沙さんの賛成の他に、意義も補足も無い為、
「かんぱーい!!」
「「「「「「「「「「「「「「「「「乾杯」」」」」」」」」」」」」」」」
こうして宴が始まった。



ふと気が付くと、視界は真っ暗だった。
何故かは判らない。前後の記憶を探っても、得られるのは頭痛の痛みだけ。
思い出せ。思い出せ。私は…パチュリー・ノーレッジ。今日は図書館から外に出て、花見に半ば無理矢理誘われて…。
そうだ…乾杯したんだっけ。それで…
「……リ…」
とりあえず勧められるがままに渡された飲み物を口にして……
「お………パ………ュリー……」
…五月蝿いわね…今忙しいのよ…
「……ってば……チュリ……い!!」
判ったわよ、返事すればいいんでしょ…?
そう思って、恐らく自分の名を呼ぶ声に答えようとして、
ふと、喉が止まる。
「おい…い加減……き…いか……パチュ……!!」
妙な違和感、変な不安が心の底から湧きあがる。
…誰?私の名前を呼ぶのは……?
今まで一人で居た自分。今更になって、それを知った自分。
全てを無意識に、でも結果的に自ら突き放してきた私。
そんな私を、こうも必死に呼んでくれてるのは、…誰?
……咲夜。…違う。彼女の声は、もっと何処か冷たい。
……レミィ。…違う。あの子の声は、もっと感情が無い。
「……」
…小悪魔。 ……………違う。あの子の声は、もっと優しい。
この声は…もっと無茶苦茶で、もっと大雑把で、それでも忘れられない……
「パチュリー!!」
重い瞼が、反射的に見開いた。



「…ん……」
「おう、やっと起きたか」
目を覚まし、差し込む光にすぐ怯む私。訴えかける春色は暫く瞼を閉じていた目には優しくない。
「…」
「大丈夫か……?」
「あれ…」
覚醒してもまだ状況が把握できない。目の前で顔を覗き込んでいるのは、魔理沙。…声をかけてくれたのもきっと魔理沙。そんなことはこの際どうでもいい。
問題は状態だ。
何故自分は体を横にしているのか。何故頭がこうも痛いか。…何故自分は魔理沙の膝の上に頭を乗せているか。
判らない。判らない。判らない。
思い出そうにも、やはりその度に頭痛が走る。
「っ…!!」
「はいはい、ちったぁ落ち着けや。酔いもまだ残ってるだろうに」
魔理沙が気だるそうにそう言う。ふう、と彼女の溜め息が彼方に散る。……酔い?
「…え?私…」
「説明は長めが好きか?それともすぱっと省略が好みか?」
いつもの調子で私に問う魔理沙。何故か妙に安心する。
「…短めで……」
「私に短めを求めるとは通だな。まあいいぜ」
魔理沙は彼女らしい笑顔を私に向けると、楽しそうに語り始めた。
「乾杯して、その後すぐにあのスキマ妖怪に酒を勧められて、流されるままにそれを煽って、んでいきなりぶっ潰れ。以上、終わりだぜ」
「………」
短いもクソもない。まんまだった。
「一杯だけでこの様とは意外と情けないぜ」
「だ…だって、お酒なんて飲んだ事ないもん……」
「だったらそう言えや。別に無理にとは言わないわけだし」
「………」
拗ねたように視線を反らす私。それを嬉々とした表情で見る魔理沙。
包むような暖気に変わった春風が二人に吹きかかる。此処に来た時とは打って変わって、まるで毛布をかけられたかのような柔らかさ。
「他に質問は?」
「………特になs」
「ああ、皆は向こうだ。今ごろアリスと騒霊チンドン屋の劇でも見てるんじゃないか?」
「……」
「他に質問は?」
「…特にn」
「あれから一時間くらい経ったな。因みに勧めたスキマ妖怪はてんで気にしてないからお前も気にするな」
「……」
「他に質問は?」
「とk」
「あと、名無しの悪魔は酔い覚ましを探しに行ってるぜ。この程度、寝てりゃぁ治るのにな」
「……」
やや遠く聞こえる音楽と、笑いや感嘆等の声。騒がしく何処か儚い、しかしこれはこれで風情と言える一時。
「本当に大丈夫か?」
「ええ……まぁ、意外にも」
本当はすごくいっぱいいっぱいなのだが、初めての感覚に体が混乱していると判断したパチュリーは敢えてそう答えた。間違ってなどいない。実際に死んだかと思った時に比べれば、まだ余裕がある。
「そんなことより…貴女は……いいの?」
「何がだ?」
魔理沙の表情が「?」という記号がふさわしい形に変わる。本当に意外な質問だったらしい。
「だって…宴会の席……立っちゃっていいの……?」
私の心配というより疑問はそこだった。真っ先にお呼ばれされた魔理沙は知り合いが多いらしく、少なくとも今の面子で彼女を知らない者は居ない。なのに、自分なんかの為に宴会を楽しむ事も無く、誰かと話す事も無く此処に居る。
何故なのか。本当に彼女は不可解な事ばかりだ、と心の中で悪態をつきたくなる程の謎だった。
「何だそんなことか」
しかし、魔理沙からの答えはあまりにも単純であった。
「美鈴や咲夜は雑用で忙しいし、レミリアは上座だしそれこそ席は立てんしな。適任が居ない」
「……」
「それに……」
「?」
「お前のそんな顔、珍しいからな。ちょっと眺めてみたくなった」

刹那、心臓の鼓動がいきなり早まる。

「それだけだぜ」
魔理沙の語尾は、本当に何気なく切れた。まるで挨拶をするかのような軽さだ。
何故こうまで私の心を駆り立てる。それよりも、何故私がこうまで惑わされるのか。
今まで一人で居た自分。今更になって、それを知った自分。
全てを無意識に、でも結果的に自ら突き放してきた私。
そんな私を、こうも必死に呼んでくれてるのは、…何故?
でも、そんな事はどうでもよくなった。
知識欲よりも目の前の「何か」を優先する。自分らしくも無い。
でも、どうでもいい。
暖かくて、気持ちがいい。
「魔理沙……」
「ん?」
「………………」
「……もう少し……このままでいるか?」
「…うん」
思えば、この時間がもっと続けばいいな、なんて心の底から思ったのも初めてだった。



「上手くいってはいるみたいね」
「はい…良かったです」
咲夜さんの呟きに、私は律儀に答えます。
パチュリー様と魔理沙さんがいらっしゃる桜の木から少し離れた木陰にて、私達はこっそりとお二人の様子を覗っています。今のところ(少なくともパチュリー様には)気が付かれてはいないようです。
「しかし……貴女も結構大胆ねぇ………こんな手段で二人をくっつけるなんて」
「え…?そうですか?」
思わぬ指摘にやや動揺。頭の羽が落ち着かなく揺れる。
「……乾杯した時にジュースをウォッカに変えるなんて…普通思いつかないわよ」
咲夜さんが私の頭の羽を手で軽く弄りながら、呆れた様子で言う。
…やはり無理があったか………。ちょっと恥を感じる私。
実は今日の花見はパチュリー様と魔理沙さんをくっつけるべく行われたものでも有るのです(私以外はおもしろ半分宴会ついでですが)。まず咲夜さんが時を止め、パチュリー様の飲み物を取り替える。気付かれないように煽って飲ませ(煽り役は紫様にお願いした)、潰れたら、私は慌てて薬を探しに飛び出し、本来は看病の役を担う美鈴さんや咲夜さんはさりげなく看病役に魔理沙さんを勧める。お嬢様と妹様には了承済みだ。……やっぱり無茶だったのかしら……。
「……結果…オーライです」
「そうね…」
とりあえず二人っきりになれたのですから、この際過程は無視です。…何か私も変わったなぁ……。
「………」
「………」
それからまた暫く覗いて、
「ねぇ…」
「?」
神妙な顔で、咲夜さんが口を開きます。
「貴女……これでいいの?」
「………」
ざぁ、と風が一際強く全てを薙ぐ。その度に平穏を無理矢理にでも感じさせる。
「え……」
「…あの二人がこのまま上手くいったら……貴女は……」
咲夜さんは言葉を濁した。直接言うべきではない表現のようです。
「主人に仕える者としては余り良くない話だけど……貴女…パチュリー様の事………」
「………」
おっしゃりたい事は判っている。そして、その答えも……。
「…私では……駄目だから…」
「?」
「数え切れないくらいの時を一緒に過ごしてきて…でも私は……あの方に何も出来なかった……」
桜が踊りを止める。穏やかさを通り越して静止したかのような、音が世界から失せた錯覚。
「いつも本を読むだけの日々……もちろんいけない訳ではないのですが…あの人の幸せそうなお顔は……見たことがありませんでした…私が何をしようと…」
心に抱いた少女密室。鍵を持っているのは、そこに閉じこもるパチュリー様。
私が幾ら話し掛けても、幾ら外から手招きしても、身動ぎもしなかったパチュリー様。
「……」
「でも…魔理沙さんは……それが出来た。意図的にしろそうでないにしろ、…あの方は、パチュリー様を幸せに出来る……」
その密室は、ある日を期に境界を無くす。
通りすがった魔理沙さんが、あろうことかその扉を派手に壊していったのだ。
しかも、それだけ。誘いも強引に連れて行く事も無く、むしろ気まぐれだったかのようにそのまま何処かへと行ってしまった。
そしてパチュリー様は、その後ろ姿にどうやら惹かれたらしく、

少女密室を、ヴワル魔法図書館の外を覗き込んだ。

私では到底出来なかった事。思いつきもしなかった事。
そして私が今出来る事。
「だから…私ではあの方を幸せには出来なかったから…」
それは戸惑うパチュリー様の背中を押す事。怖くないよ、辛いけど楽しいよと、手招きする事。
変わろうと試みるパチュリー様を支える事。それしか出来ないのだから。



「……」
「……」
私のか細い語りを、咲夜さんは重苦しい表情で見ておられる。
「……そうじゃないわ」
「…え?」
そのままの表情で再び口を開く咲夜さん。
「貴女の気持ちを、聞きたかったの。理屈は、要らないわ」
「……ですから…」
「………今の貴女…何か、溜め込んでいるような気がするわ…」
「………」
また木々が揺らめく。耳を傾けるのも億劫になってきた、最早恒常。
「…そうでもないですよ…?」
「え?」
私は、自分に言い聞かすかの様に胸の内を話す。
「あの方の幸せそうなお顔を見れて…その手助けが出来て……。私も、幸せなんですよ……?」
「………」

パチュリー様の思いが私の全て。パチュリー様の願いが私の願い。
偽りも誤魔化しも無い。これは…これだけは真実。

「……」
「……」
微笑む私は、咲夜さんにはどう見えたのでしょうか。
反応は無い。暗い面持ちのまま私を見つめている。
「……何か…」
「?」
そしてやはり、先に沈黙を破ったのは咲夜さんでした。
「何か…私が貴女に出来る事は………?」
「………………ない、ですね…」
「…そう……」
「……その代わり」
「?」
「パチュリー様の手助け…時には咲夜さんの力も必要になる時も有るでしょうから…」
「……わかったわ……頑張ってね…」
咲夜さんは、劇も終わり全員で談笑を始める酒の席へと向う。
魔理沙さんとパチュリー様は、まるで穏やかな春と同化したかのように動かない。
「……」
「…あの」
私はふと思い立ち、咲夜さんを呼び止める。振り返る咲夜さんのお顔はやはり暗いままでした。
伝えたいことがあるのだ。
「…何かしら……」
「…ありがとうございます」
そしてまた、音が失せる。
「……何が?」
「頑張れ…って言ってくれて…ありがとうございます………」
私がその言葉に合わせて咲夜さんに見せた笑顔は、少しだけぎこちないものになってしまいました。



春風の夢、鮮やかな色、麗らかな一時。
それらにも終わりは、無論ある。
春が来て、冬が去るのと同様に。
日が沈むまで行われた花見も、終わりを告げる。
しかし、終わりがあるからこそ、始まりは楽しみになる。
それに、終わりがないと、始まりは訪れない。

生活も、だから愛しい。
窓を開けて食事もして。そのくらい全てが好きになれたらいい。
ここでの暮らしがいつか大切になる日がきっと来る。
誰かに何か出来ると思った自分は、これはこれで真実なんだと抱きしめる。
静かに静かに、私は全てを見届けようと思う。

それは変わり果てた日常に、ほんの僅かな泡沫の夢……。





あとがき(当時

ごめんなさい判りにくくて。
思いつきで昨日一日で書きなぐったものです。
欠点多すぎ。でも時間は無さ杉。
まぁゲーセンで白熱するあまり大声を上げながらボタンを叩く人間を見る目で見てやってください。


あとがき(今
む…ヘタレですなぁ自分…orz表現の引き出しが単純に少ない。これに尽きる。ああ。
でもラストの閉めがちょっと綺麗に決まって嬉しかったり。決が無いSSなのに無理矢理だけど巧くまとまったよママン。
彼女は辛い事があっても、現実なんかを知っても、泣き言も言わず落ち込まず、誰かのために笑っていようとする、そしてそれが出来る。パチュが長年使いつづける理由が分かる気がする、と感じていただければ蝶幸い。

…当時、レスをくれたたくさんの方に、後書きに載せるくらいでは現れないほどの感謝を。ありがとう。そして小悪魔を宜しく。私はいいから小悪魔宜しく。

戻っとく。