やたらめったら長い、4面中ボスが出て来る無理矢理なSSっぽいの。
「終わりと始まり」


 初めての彼女の印象は、『無色』でした。
 「…あ、うまくいったのね」
 私が知りうる『人間』の領域を遥かに超越した魔力による圧倒的な存在感。
 「私はパチュリー・ノーレッジよ」
 しかしそれと同時に感じられる、虚無とも取れる程押さえ込まれた乏しい感情。
 「契約、長いか短いか決めてないけどけど一応宜しく」
 色に例えると、明るくも暗くもなく、目を引くわけでも気持ちが安らぐわけでもない『無色透明』。
 でも他の色に染まろうとも混ざろうともせずに、それが自分だと言っていられる強い意志を持った『無色透明』。
 強い意志と言うか、それが自分だと信じて疑うことがない。つまり『色』という範疇において、すでに『色』として存在しようとしていない。そんな『無色透明』。
 「さて…それじゃ次の本を読もうかしら…」
 そして、召喚術という『呼び声』に答え、気が付くと室内とは思えない暗さの部屋の床に大きく描かれた魔方陣の上。唖然としているそんな私をいきなりほったらかして読みかけらしき本に目を通す新しい主。
 これが私とパチュリー様の、何年続いたか分からなくなった長い付き合いの始まりでした。


 こんにちは、悪魔です。名前は…そういえばまだないですね……まぁ皆さんには4面中ボスと言った方がわかりやすいんで、それで。
 「えーっと…生け捕りを前提としない罠の仕掛け方は…っと」
 「パチュリー様ー、ここに導線を引けばいいんですよねー?」
 突然ですが近状をお話しますと、私達は今、罠を仕掛けてます。ええそうです、罠。落とし穴とかトラバサミとか地雷とかの、罠。入り口と壁際を中心にそりゃもう沢山。
 「よいしょっと。出来ましたよ」
 「お疲れ様。この辺は大体終わりね」
 「ワイヤートラップOKです。つーかえげつないですね、これら…。殺る気全開なのが見て取れますよ」
 「クレイモアにスパイクボール、バンジステークOK…。何言ってるの。このくらい未然に破壊されるでしょうね。さしたる効果は望んでないわ」
 普段は日の差さない蒸し暑い館内に、久しく、しかし最近になって当たり前となりつつある話し声が壁に反射して僅かにエコーしつつ響きます。
 281個目の罠を仕掛け終わって、改めて周りを見渡してみる。見通しの利く様にと元々少ない窓を全て開き、所々にランプが灯る比較的明るい館内。床や本棚に光が照らされ、その様々な色をはっきりと彩る。そんな中、私とパチュリー様が顔を合わせて肉体労働。結構有り得ない光景です。写真に収めたら絶対価値出ます。
 …え?そもそも何で罠をですって?……これには複雑に見えて、実際それなりに複雑な事情がありまして…

 そう、それは私達の長い生涯において一瞬の、本当に閃光のような出来事でした。

 パチュリー様に召喚され、ヴワル魔法図書館のお手伝いを初めて早やウン年。静かな館内で私が整頓や雑務を中心に、パチュリー様が読書を中心に過ごすここでの生活。
 隅まで見通せない広い空間に規則正しく並べられた本だらけな風景。闇に塗れる様に生きる日々。この図書館に二人きりでも滅多に干渉し合わない私達の有り方。
 永遠に続くと錯覚していたこれらが私にとっての日常となった時の話です。
 ドォォォォン…!!
 一つの爆音。咲夜さんでもお嬢様でもない『何か』が侵入した気配。
 慌てて駆けつける私。そこに居たのは白と黒が印象深い、おおよそ魔女らしき格好をした少女が、一人。
 不法にお出でになる客人を追い払うのも私の仕事。門番である美鈴さんの連絡がない事も踏まえ、否応なしに攻撃。
 少女は必死に、しかし今の状況を楽しんでいるかの様でした。何せ笑顔で私の攻撃を回避していたのだから。
 結果、攻撃も意味を成さず私は返り討ちにあい、堕ちる。
 懐かしいとも言える激しい痛覚と共にその少女がパチュリー様と対峙し戦う気配を感じ、そこで薄れていた意識を完全に失いました。
 これが私達の日常をちょっとだけ変えた「霧雨魔理沙」という名の魔女との出会い。今思い返せばなんて無茶苦茶なのでしょうか。


 後の話を知ったのは、私が気絶したまま2、3日経ち、自分のベッドの上で目を覚ましたすぐ後です。
 いきなりの侵入者。戦って負けたという事実。そして気絶してから今まで、パチュリーさんが看病してくれた事。驚きの連続でした。
 そして、私にその後の話を伝えてから間髪入れずに切り出した話が、
 「黒いのから本を守る為の罠設置計画」だったのです。

 「黒いの…って、侵入してきた魔女の事ですか?」
 「そうよ。私もやられて…。本、少し持ってかれちゃったのよ」
 「……パチュリー様が負けるとは…その者、かなりの手練と見受けますが…」
 「その後に咲夜もお嬢様もやられたそうよ…」
 「はぁ……で、その黒いのと罠を作るのとどう関係が…?」
 「あれから観覧を理由にここに来ては、勝手に本を少しずつ持っていくのよ。無論貴女が寝ている間もよ。全く、困るわ」
 「…だから罠ですか……」
 「ええ。予め調べておいたの。この本通りにやればあいつも近寄れなくなるはずよ!!『密林での罠による戦略』『野生動物の捕らえ方:罠編』『虫でもわかる罠のあれこれ』『楽しい罠週間』『不思議なダンジョンでの罠攻略』『これであなたも刻命館マスター!!』…!!」
 「…不安を拭えないのは何故でしょうか……」


 そんなこんなで、今に至ります。
 「よし…完成ね」
 パチュリー様の終了宣言を期に、二人揃って安堵の息を漏らします。
 「結構仕掛けましたね…もう何がなんだか」
 「総数320個。内地面用が69個。魔法タイプが114個。残りは…」
 メモすらも無いのにすらすらと答えるパチュリー様。流石。
 「お…覚えてるんですね……つーか空を飛べる相手に落とし穴とかは意味が無いのでは…」
 「愚問ね。罠が発動した瞬間に魔法で重力場ができて、それで引き寄せるようになってるわ。地雷だってセンサーで感知するし、爆炎も本に燃え移らないようにちゃんと配慮したわ!!それに…」
 私の疑問に対し、パチュリー様は自信に満ちた回答を、うふふふ…という含み笑いを混ぜつつ黙々と話す。うわ…よく見ると歪んだ笑みまで浮かべて、でも目は見開いたままで笑ってない。…つーか怖いんですけど……。
 「おーい、パチュリーさーん!!」
 入り口辺りから聴き慣れた声がしました。その方へ目を向けると、後光を射した長い髪が特徴的なシルエットが立っていた。
 「私です、美鈴ですー!!咲夜さんがスコーン焼いたのでお裾分けですー」
 赤い髪の一部を三つ編み、独特の雰囲気を持った服。そしてこの声。紅 美鈴さんです。
 「わー!!わざわざどうもー!!と…とりあえずお茶にでもしましょうか?」
 電波なパチュリー様の話を反らすべく、露骨に休憩を主張しました。しかし美鈴さんも計ったような巧いタイミングで来られるとは、流石です。
 「今からそっちへ行きますねー。…あら?珍しいですね、こんなに明る…」
 「あ、待ちなさい。そこは…」
 「え…?」
 いきなり真顔に戻って、入り口をくぐる美鈴さんへ静止の意味と取れるパチュリー様の一言。一歩踏み出しでから不思議そうな顔で美鈴さんが見たのは、遅かったか…と言わんばかりの表情をしたパチュリーさんだったのでしょう。
 カチッ…
 ドカァァァァァァン!!
 「わきゃぁぁぁぁぁぁぁ!?」
 何かを踏んだような音の後に突如美鈴さんの足元が爆発し、火柱が上がりました。
 「美鈴さぁ――――――ん!!」
 「そこは地雷ポイント…って、言おうとしたのに……」
 「え…!?罠ですか!?」
 パチュリー様が冷静に呟きます。そうでした。入り口を中心に設置したんでした。
 でも罠の規模がここまでとは思いもしなかったんで、純粋に驚きです。何せ美鈴さんが爆発の勢いで上に高々と吹き飛ばされたのですから。
 「わわわわわ…!!」
 宙に放り出されて1080°無差別回転を満喫する美鈴さん。空を飛べばよかったのですが、そんな余裕はないのでしょう。
 そしてそのまま地面へ落下。
 ドシャ!!
 「きゃう!!…痛ぁ……」
 強く打ちつけたお尻をさすり、美鈴さんはつい涙目になっておられました。
 「だ…大丈夫ですか!?」
 「行っちゃ駄目!!」
 美鈴さんの元へ駆け寄ろうとして、パチュリー様に咎められました。私は少し冷静さを欠いていたせいか、主の命令でもあるそれについ反論してしまいました。
 「どうしてです!?怪我でもなされたら…!!」
 「あそこに辿り着く前に貴女も怪我するわよ?罠、どれくらいあると思ってるの?それにあの爆発は見せかけよ。実際は大した事無いわ」
 「でも…!!」
 「平気よ。死にはしないわ。それにせっかくテスト出来るのに…邪魔しないでくれないかしら……?」
 「…!?」
 まずい。パチュリー様、目がマジです。まさかこのまま美鈴さんを実験台に罠のテストでもするんじゃないのでしょうか…?
 しかし、これも主の命令。私情は抑えてパチュリー様の言葉と美鈴さんの生命力に託す事にしました。
 次の瞬間。
 「……っ!?」
 何かが微かに動く気配。美鈴さんも気付かれたようで、否応なしに跳躍します。
 ブォン!!
 「なっ…!?」
 結果、先程まで美鈴さんの居た所を、律儀に4tと彫られた鉄球の付いた大きい振り子がなぎ払ったのです。
 計算された罠設計なのか、途切れなく次の罠が発動していきます。
 周りの本棚が逃げ場を遮るように動き、横一直線に並んだ本棚による細い空間を作る。
 「えっ!?えっ!?」
 止まったと思ったら、今度は八方から空気を切る音。明らかに急所目掛けて数多の矢が放たれる。
 トカカカカカカカカッ!!
 「はううっ!?」
 避けながら逃げ回っていると、いきなり天井から美鈴さんの背丈の3倍はある大岩が落ちてくる。
 ドシィィィィィン!!
 「きゃ…!!」
 地響きに気圧され、体勢を軽く崩す私達。この岩の重さを物語る一瞬です。
 ここまで来たらお約束。細い通路、よく見たら床がここだけ傾斜、そして大岩。
 「…たしか外の世界で一時「いんでぃじょーんず」っていう映画が流行りましたよね……」
 じょ…冗談を言ってる場合じゃない。正に『転がれ』と言わんばかりの展開。こんな岩転がって潰されたら、幾ら美鈴さんでも果てしなくどこまでも…
 ゴロ……ゴロ…ゴロゴロ……ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ!!
 「ひゃぁぁぁぁぁぁぁ!?」
 嫌な予感は当たるもので、ここまで来たら岩が転がらない訳が無い。
 ダッシュです。美鈴さん、悲痛な叫びと共にマジダッシュです。ええ、今止まったら楽々死ねますから…!!
 「パ…パチュリーさーん!!助けて下さぁぁぁい!!」
 美鈴さんは必死に助けを呼びました。設計した本人ならば対処もできる筈!!私もそれを訴えます。
 「これ、本当に大丈夫なんですか!?洒落になってないです!!」
 しかし殺生にも、私の耳にこんな独り言が飛び込んできました。
 「うーん…もうちょっと矢の発動が早くないと駄目ね………?」
 「…データ取ってないで何とかしてください!!」
 あくまでも素なパチュリー様に、私は痺れを切らして叫んでしまいます。
 「何言ってるのよ!?これからがコンボの要なのよ!?」
 「何ですかコンボって!!つーか幾ら美鈴さんでもさっくり逝っちゃいます!!」
 「あら、よく言うじゃない。『私が死んでも、変わりはいるもの』」
 「よく言いませんし、第一パクりですっ!!」
 「冗談よ。蘇生魔法くらい心得ているわ」 
 「いやそうじゃなくて……」
 駄目です。私の望む対策は無い様で。ああ、こんな形で美鈴さんとお別れなんて……。
 「…そうだ、空を飛べば……!!」
 美鈴さん、自分で言っといて目から鱗が落ちような表情でした。館内は天井が高めに作られています。すっかり忘れてたが、それで万事解決ではないか。
 そうと決まれば早速実行。美鈴さんは強く地面を蹴りました。
 この時、私と美鈴さんは知りました。『二度あることは三度ある』という言葉の意味を。
 ゴリャパ!!
 「ひでぶ!!」
 私は長い生涯でゴリャパなる音も聞いたことが無いし、ひでぶなる断末魔も実際に言う者は居ないと思っていましたが、その時確かにゴリャパと言う音はしたし、ひでぶとか言う方がいらしゃるんで考え方を変えなくてはいけないみたいです。
 骨が軋むくらいの強い衝撃を身に受けたのでしょうか。何が起こったか一瞬理解できないまま、走った勢いを90°ひん曲げられて真横に美鈴さんの体がすっ飛んでいくのが判ります。
 よく全体を見据えて事態を把握すると、通路のように並んでいた本棚にカタパルトが付いていました。近くに誰かが来たら突然動いてその者をどつくように出来ていたのでしょう。美鈴さんから見て右側一直線の本棚がすべて同時にずれて、結果として大岩の転がる通路状のスペースの外に吹き飛ばす構造のようです。
 「うぐっ!!…く……ぁっ…!!」
 美鈴さんは再び床に尻餅を突き、今度は激痛のためかその場で蹲ってしまわれました。
 そして動けない美鈴さんに、止めの如く何かが降りかかります。
 「…!!」
 パサリと覆うように落ちてきたそれは、捕縛用のネットでした。美鈴さんは見事なまでに引っかかり、そりゃもう芸術的な絡まり方をしてしまいました。
 「うわ!!何これ!?と、とれない〜!!」
 美鈴さんがもがけばもがくほどその芸術性が高まり、バラすのが難しくなっていきます。
 そして最後に、
 シュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ………
 「ふぁ…っ!?こ、今度は何!?」
 床から吹き出る白い気体が美鈴さんを包み込みます。ガスでしょうか。
 「わわ……ぁ…ぅ…」
 気体の濃さ増すばかり。それに比例して美鈴さんの口数も減っていき。姿が見えなくなる頃には声も上がらなくなりました。
 ちょっと経ってからガスが散り、ネットが絡まったままの美鈴さんが小さな寝息を立てておりました。
 「生きてるー?」
 呆然とする私と美鈴さんに、何事も無かったかのようにパチュリー様が歩み寄ります。
 「ええ……意外にも…」
 答えたのは私でした。美鈴さんはガスの効果か、完全に寝ておられます。
 「そう、良かった。これが『対象を行動不能にしつつも物理的に捕らえる』作戦よ」
 「よくありません!!」
 「そうかしら?じゃあ『夏の侵食ウィルスと癒し系』作戦でどうかしら?」
 「作戦の名前ではなくて!!どうみてもこの罠、やりすぎですよ!!」
 「そうね。でも実際はそんな殺傷能力はないわよ?事実、美鈴は生きてるわ」
 「でも…!!」
 「大丈夫。黒いの相手には効きもしないわよ。このままで行くわ」
 「その発言も問題あるとは思いますが…パチュリー様のご命令とあれば……」
 先程までの騒がしさから一変、一気に静まり返った館内。岩も矢も魔法による幻影らしく、罠の跡も見られません。
 後にパチュリー様から聞いたのですが、最終目的が『黒いのの捕獲』と言う事で、見た目はバリバリ殺る気だけど命まで取るわけではない(つまりは半殺し状態にはなるかもしれないのだが)らしく、私は少し安心しました。
 そしてまた暫くして。
 私が発動してしまった罠を仕掛けなおし、パチュリー様が美鈴さんの記憶を消去して入り口に寝かせておく(!?)等の作業、工作で時が少し経ち。
 「あーもう…美鈴のせいで余計な時間を使ったわ」
 「それは不慮の事故ですし、パチュリー様が途中で止ればここまでややこしくなる事もなかったと思うのですが……」
 「でもお陰でテストが出来たわ。結果オーライ、ってやつね」
 「……」
 余り、つーか全然反省していない(反省はしているが悪いとは思ってない)パチュリーさん。ちなみに美鈴さんに怪我は無かったそうで、親切でお菓子を届けて下さったのに実験台にされた事は、本人が知る可能性は無くなったということで。うーん、いいやら悪いやら…。
 しかし、パチュリー様も変わったものです。前は…少なくとも私の知っているパチュリーさんは電波系なお方ではないし、こんなによく喋るお方でもない。
 例えば、
 「しかし…さすがに疲れたわね…本でも読んでゆっくりしたいものね」
 言って、背伸びをしてすぐにふらふらっとよろけるパチュリー様。貧血なのか、そのまま私に倒れこむ。
 「わ…っと。危ない危ない…。気をつけてくださいね」
 驚きつつも、慣れた手つきで私が体を支えると、「ぁ…ごめんなさい……ちょっと貧血で…」と青い顔で恥ずかしそうにそう言う。
 でもこれは最早『日常』。普段から思いつく上で起きて当然の、それこそ手に取った本を誤って落としてしまった程度のささやかな異端。
 いつものパチュリー様はと言うと、日中殆ど動かずに本を読み、たまにまだ読んでいない本を取りにいく。それがいつも。決して罠作りに励む姿ではないのです。

 そうですね…こんな事でもなければ、この人は空っぽな『生ける屍』みたいなものでした。

 昼夜を問わず寝食も疎かに本を読み、知識を頭に詰め込んでは、それだけ。そして次の本を読み進る。
 内容を楽しむ訳でも無く、知らない事柄に驚く訳でも無く、まるで紙にひたすら書き留めるかの如く繰り返される行為。
 生物が生きるために呼吸するのと同じ様に本を読む日々。
 心を閉ざし、いつも孤独にそれらを黙々と成す。
 作業化されたその生き方に何の疑問も思わずに、それが自分だと言わんばかりに続く毎日。

 黒いのがここに来るまでのパチュリーさんは…まさしくアンデットそのものでした。


 「しかし…あいつもしつこいわね。美鈴を倒してまで何でここに来るのかしら…。面倒だし、巧くいかない事もあるでしょうに」
 貧血は軽いものだったらしく、お茶にする為にテーブルに向かう足取りと表情は比較的しっかりしたものでした。私も歩幅を合わせて横に続きます。
 館内にコツ…コツ…という靴が床を叩く音が鳴ります。空中には罠が多いので、危険防止の為に空を飛ばずに移動中なのです。
 「あの人にとってはそれすらも楽しいのでしょうね」
 「リスクの方が大きい筈なのに…理解できないわ」
 「リスクもリターンも、人それぞれですからね…ちなみに私も理解できませんので」
 「確かにそうだけど…」
 「…それとも、パチュリー様に会いたいが為に、かもしれませよ?」
 自分でも少し驚くくらいに小悪魔めいた発言です。自然と発想出来た何気ない一言のつもりだが、頭の羽を片方だけピンっと上げ、悪戯っぽい不敵な笑顔でそう言った私は、パチュリー様にはどう見えたのでしょうか。
 「………嫌ね……落ち着いて本も読んでられないわ…」
 私の言葉を聞いて立ち止まり、パチュリー様がそう答えるのに少し間がありました。複雑な心境らしく、表情は固まったまま否定の意見を私に返す。

 嘘つき、ですね。
 今、貴女の心を支配して止まないものは悲観や苛立ちだけではない筈。

 「…本当に嫌なら、そうはっきり言えばいいと思うのですが…。我の強い者程引き際は心得ているものですよ?」
 「………」
 立ち竦んだままのパチュリー様は、黙ったままでした。
 「…パチュリー様?」
 「…正直、分からないのよ……!!どうすればいいのか…どう形容するべきか…」
 やや擦れて館内に響いた声は今にも泣き出しそうでした。真剣な眼差しで、当り散らすかの様に強く言い放たれたそれは私も初めて目の当たりにする現状。今度は私が沈黙する番です。
 「…本を持ってかれるのは嫌だけど、あいつが来なくなると思うと……何故か…胸が詰まるような感じになる…」
 「…パチュリー様………」
 「わかんない…これは…何なの……!?」
 今のヴワル魔法図書館内はランプも多く日が差していて、いつもより明るい。それだけなのに、それは私の知らないヴワル魔法図書館の一面。漆黒、暗闇、暗黒。これらが私の知っている図書館だったのに。
 私は、分かったような気がしました。『無色』が他の色に染っていく瞬間。『空っぽ』が何かに満たされていく瞬間。それは染まる側にとって何を意味するのか。
 『無色』は色が無いからそう言います。
 『無色』は幾らでも他の色に染まる事が出来るのです。
 しかし、その瞬間から『無色』は『無色』ではなくなります。
 どんな色を加えようと、どんなに色を薄めようとも『無色』には二度と戻れません。
 だから、変わってしまうのが、怖い。
 違う色の自分はどんな物になるのか、想像もつかない。
 きっとパチュリーさんは、それが嫌で『本と共に存在するのが自分だ』とお考えになられたのかもしれません。
 そうすることで、『無色』を保てるのだから。
 しかし、ある日『無色』とは違う色を目の当たりにした。
 何色かは分からないが、とても鮮やかで、特徴があり、存在感のある色。
 憧れか恐れか、その色に特性か、『無色』はその色を気にするようになる。
 …もし、ふと『無色』が「あんな色になりたい」と思ったら。
 ……私だったら、その心境を認めないと思います。
 認めたら、自分は変わっていく事を受け入れてしまう。
 それは自分のあり方を強く信じている者にとっては自殺に等しい決断です。混乱するのも当然といったら当然です。
 「……」
 「あ…ごめん……」
 「い……いえ…お気になさらずに…」
 「………」
 「………」
 パチュリー様はバツの悪そうに話を切りました。そのまま無言で沈黙を保ちながら歩き続けます。もしかしなくても気まずい空気です。
 本人ははっきり出来ないみたいですけど、パチュリーさんにとって黒いのとは相当な影響力なのでしょう。事実、こんな風に声を荒げたのは初めてです。
 …私、実はちょっとだけ悔しいです。
 長い間築いてきた私達の日常は『黒いのが来た』という出来事により変わっていった。
 お嬢様がいらっしゃった時も、妹様が目覚めて大暴れした時も、……私がここに召喚された時すらも、それはパチュリーさんにとって日常でのちょっとした事件でしかなかったのでしょう。
 黒いのが来ようともパチュリー様はパチュリー様らしく、いつも心は檻の中。変わることなど有り得ない…
 筈だったのに。
 私だって高位の悪魔。召喚等の対象にするならば威厳を持って呼ばれるし、かなり高度な術を使っても契約か難しいのが普通。なのにパチュリー様はそれを軽々と、まるで気が向いたので新しい料理を作ってみるかの様なノリでこなし、私と契約したのです。
 絶対的で強大な力。万物を意のままにできる筈なのに、それをせずにすべてから遠ざかるように生きる。心を自ら作った檻に閉ざしたかの如く。
 そんなパチュリー様が只の人間(無論私達よりも強い訳なので普通ではないのだが)である黒いのという存在に、パチュリー様自らが干渉しようとしている訳でもないのに、どうしてここまで心を揺さぶれるものか。
 何が違う?何が余分?何が足りない?それすらもわからない。
 私と同じ様に会っているというのに、
 私と同じ様にパチュリーさんと話をしているのに、
 私と同じ様に自分を着飾る事も偽る事もしないで接しているのに、
 私ではなくどうして魔理沙さんだけがパチュリー様にとって大きな存在と成り得るのか。
 ………やめましょう。これは単なる嫉妬だ。不毛だし、何より意味が無い。
 そう思い、暗い雰囲気を紛らわそうとパチュリー様に新しい話題を振ろうを口を開いた… 
 その刹那。
 
 バカァン!!
 
 短い爆破音が耳を劈く様に飛び交う。地震にも似た振動が私達や本棚に伝わり、小刻みに震わせた。
 「よぉ。また許可も無く邪魔しとくぜ」
 今となっては聞きなれた、幼くも凛々しい男性口調の女声。間違いない。黒いのこと霧雨魔理沙、襲来です。
 パチュリー様の顔に戦慄が走る所を見ると間違いはない。でも変ですね…入り口は南にあるのに、声は上から聞こえたような…
 「「!?」」
 声のした方を二人で振り向くと、そこには宙に浮きながらさっそく本棚に向かう魔理沙さんと天井にぽっかりと開いた見慣れない一つの穴。…まさかあそこを壊して…!?
 「なっ…!?何するのよ!!誰が直すのか分かってるの!?」
 「お、そんな所に居たのかパチュリー。いやぁ入り口は何か罠だらけなもんで、仕方なしに」
 罠は見えない様にと一応隠しておいたのに…発動させずに判断するとは、やはり流石の一言に尽きます。
 「そこで何故天井ぶち破るって選択肢が出でくるのよー!!」
 「パチュリー様、落ち着いて…!!余り叫ぶと体に障りますよ!?」
 私が宥めた途端にふらっと足がもつれるパチュリー様。また軽い貧血でしょうか。
 「名無し悪魔もそこか?よろしく。茶はいらないぜ」
 「改めて初めまして、魔理沙さん。天井を直して頂けるなら茶菓子つきでお出ししますよ」
 「茶はいいから本を貰うぜ」
 魔理沙さんは私の軽い冗談を律儀に返し、本棚の一つにふわりと近寄ります。そして次の瞬間。
 ドコォォォン!!
 ズカァァァン!!
 ガシャァァン!!
 連続して続く轟音、爆音。
 「ウホッ…いいトラップ…!!殺る気ムンムンだぜ」
 そして何かが滑空し風を起こす音と余裕が感じられる魔理沙さんの声。それらに遅れて幾つかの爆発が伴い、埃が巻き上がる。
 よく見ると、矢が飛び火が上がり本棚が不自然に動きガスらしき物が吹き出て大きな鉄球が上から落っこちて鎖で天井にぶら下がった刃物が振り子状に通路を薙いだりと、あまりにベタすぎる罠が途切れる事無く機能しまくっている。
 「……パチュリー様…やはり少しやりすぎでは…」
 「完全に避けられた…!?く…やるわね魔理沙!!」
 「…せめて聞いて下さい……」
 「ごめんなさい、それ無理!!」
 「…一応聞こえてはいるんですね」
 駄目だ。顔を真っ赤にして誰にとも無く叫んでる。こういう状態の人間って無我夢中で聞き分けが無くなるんですよね…。
 一方で、あれほどけたましかった騒音が嘘のように収まりました。魔理沙さん近辺の罠が一通り発動しきったのでしょう。
 その証拠に魔理沙さんの元気いっぱいな声が、先程の騒音に負けないくらいの音量で耳に入ります。
 「何だ、もう終わりか?んじゃ景気付けに本でもベコッと貰っていくかな」
 やはりと言うか何でと言うか、どうやら無傷のようです。
 「んーと…おーい!!ここに『愉快なエンペラント語』ってのの2巻ってあるけど、本棚燃やされたくなければ貸してくれー」
 「び…微妙に脅さないでー。反応に困るわ!!それにその本、これから読もうと思ってたのに!!しかも2巻だけ持っていくなんて邪道よー!!」
 「問題はそこですか…」
 最早聞いてもいられないのか、私のささやかすぎるツッこみもすっぱり無視して魔理沙さんの所へ急ぐパチュリーさん。
 「全く、毎回毎回しつこいわね…貴女も手伝って!!今日こそ…堕とす!!」
 貧血はもうよろしいのか、それだけ言ってパチュリー様は自分の体を宙に浮かせ、疾風を伴い舞空する。向かう先はもちろん魔理沙さんの下でしょう。
 しかし、私はそんな事に気にも止めませんでした。何故なら…
 「パチュリー様………」
 私はその場で、驚きの余り不謹慎にも呆けてしまいました。
 見てしまったのです。飛び立ったパチュリー様の表情は必死ではあったが、どこか楽しげに笑っているようだったのを。
 まるで「もう、あいつったら…」というニュアンスが含まれているかのようでした。
 私は舞い上がる埃に塗れつつ、
 「―――なんだ、要は…」
 ふと、言い知れない気持ちに駆られました。
 要は私が言うまでもなく、パチュリー様はもう自分の『答え』を見つけたのではありませんか。

 だってあの人はずっと心を閉ざしたままだったけど…本当はいくらでも笑う事が出来る人なのだから。
 屈託もなく偽心もなく、天使のようでも悪魔のようでもない、純粋な笑顔。

 「その本は駄目なの。私が読んでからにしなさい」
 「嫌だぜ」
 「…はっきり言わなくてもいいじゃない…」
 「ならもっと伝わりやすい言い方にしとけよ。例えば弾幕とか弾幕とか弾幕とか…」
 「……そうね。馬鹿は堕ちなきゃ何とやら、って言うものね」
 切羽詰ったお二人の会話が少し遠くなって聞こえる。戦闘態勢に入ったお二人の魔力は尋常ではなく、(少なくともパチュリーさんは)どこまでも本気なのははっきりしている。ヤバい、感傷に浸っている場合ではない。私は慌ててパチュリーさんに合流すべく空を舞った。
 『答え』がどのようなものかは知らない。知る必要も無い。私はただパチュリーさんに従うだけ。
 「いくわよ…!!」
 「おう」
 お二人が何か言い合った様ですが、私の耳には届きませんでした。私も攻撃の為、魔力を練るのに必死だからです。
 そう、全ては我が主の為に。


 〜少女全力攻撃中〜 


 そして。
 ゆっくりと、目を開ける。
 耳を澄ますと、自分も含めた荒い息遣いが、三つ。
 体は動いてくれない。あれから、一体どれほどのスペルと弾幕を放ったのだろうか。
 「…スペル14……弾幕273601個………くらいかしら…」
 「か…数えてたんですか……つーか、心で思った事に…答えないで下さい」
 「つーか普通に疲れたぜ……まったりとしていてそれでいてしつこくないパンチの効いた疲れだぜ……」
 しん、と静まり返った、灯りはあれどもやはり暗い館内。その床に私達三人は寝転んでます。
 理由は簡単。動けないのです。単純に休む場所を選んでられない程疲れているからです。
 埃塗れになったボロボロの服と体は、先刻迄の激戦の証。戦闘に必死で集中していたので私は覚えてないのですが、とりあえず『ごっこ』の一言で片付かない規模なのが見て取れます。
 「二対一は若干ズルいぜ……そこの年中寝巻…」
 「………マスタースパークっていうやつに比べたら卑怯さは月とテナガザルよ」
 息を切きらしつつ喋るお二人。視線は上のまま微動だに出来ない様子で、声意外の物音は一切しません。
 「反則は5秒まで…じゃないのか?」
 「何のルールよそれ…つーかあの極太レーザーは5秒で消えたっけ……?」
 「数で押してくる相手にはぴったりだぜ」
 「それに…あの『ノンディレクショナルレーザー』っての、私の攻撃…そっくり…」
 「パクりじゃ無いぜ…模倣だぜ」
 「…どう違うか……200文字以内で簡潔に説明してもらえないかしら……?」
 「文字」
 「………あなたねぇ……」
 まるで気のいい友達のように進む会話。ついさっき迄殺し合いに匹敵する戦いを、3日前は侵入者として戦いを繰り広げたというのにそんな気配は微塵も残さず、むしろ僅かに残った体力を冗談めいた皮肉に使う始末。
 「…ぷっ………」
 「「?」」
 駄目だ、止まらない。私はついに堪えきれず…
 「ふふ……あははははは……!!」
 笑ってしまった。
 「……どうした、十二指腸でも痛いか?」
 「……?」
 お二人(特にパチュリー様)が面食って固まる。いつもは含み笑いをする私には珍しい、箍が外れた大笑いを見たからでしょうか。それほど今の状況がおかしいのです。
 「あはは…す、すみません…くっ……だって…」
 「…ふふふ……そうね…何をやっているのかしら…私達…変なの〜……」
 パチュリーさんも私につられてか、軽く吹き出した後、その笑いを大きくしていきました。
 「くすっ…さっきまで本気で戦ってたのに……」
 「…確かにな。方や罠まで作って、方や本一冊借りるのにマジ勝負。ははは……全くだぜ」
 魔理沙さんも続き、状況はさらに奇怪さを増し、三人揃って図書館の床に寝そべり笑いあうといった具合に変貌しました。
 
 
 この瞬間、私は確信しました。
 『無色』だったパチュリー様の日常は、魔理沙さんが加わりちょっとだけ色が変わった事を。
 使い魔である私の日常もそれに伴い変る事を。


 日が暮れて時間は夜。不気味な程静かな空に、今宵も月が紅く照る。
 ヴワル魔法図書館の入り口に三つの人影。魔理沙さんの見送りに出向いた私達です。
 「じゃあな。とりあえず天井はトタンくっつけたから。あとこの本借りてくぜ」
 「期限は守ってくださいね?」
 「頑張るぜ」
 「期限通りに返すのに何の努力が必要なのよ……ちゃんと返せ」
 「やるだけやってみるぜ」
 「……」
 疲れも大分とれて魔理沙さんもちゃんと手続きをして本を借りてと少し慌しく過ごしているうちに、外はすっかり暗くなってしまいました。散らかした分の掃除も大変そうだし、時に咲夜さんが食事の時間を伝えにくるでしょう。今日はここで帰って頂く事になりました。
 「またな〜」
 「天井、早く直してね」
 「お休みなさいませ〜」
 魔理沙さんは箒に跨り凄まじい速さで空を飛んでいく。前を見たまま後方に居る私達に軽く手を振ると、すぐ後にその姿が夜闇に紛れて見えなくなってしまいます。
 あれから、互いに幾つかの約束事をしました。
 期限を厳守するのを条件に魔理沙さんに貸し出しを認め、ぶち開けた天井を直して頂くかわりに、罠の設置を取り止める。
 これがヴワル魔法図書館初の決まり事となりました。
 「ふー……何か疲れる日だったわ……」
 魔理沙さんの見送りの後、食事の時間が近いので紅魔館に行く私達。道中での最初の会話はパチュリー様のぼやきからでした。
 「お疲れ様です。でも罠の解体と掃除が残ってますよ?この分だと魔理沙さん、明日朝イチで来るでしょうから早めにやっておかないと……」
 「…夕飯を済ませてから考えるわ……」
 はぁ、とため息を漏らすパチュリー様。少し休んだから体力は戻った様子ではありましたが、運動の足りてないその体は疲れに相当堪えているようです。
 「罠、結局無駄でしたね…」
 「…そうね」
 「しかも半分以上発動してませんし。これは解除しがいがありますね」
 「む〜…何よ、反対を押し切って作ったの、まだ根に持ってるの…?意見はしっかり言えばいいのに…」
 「いえ…そういうつもりじゃ……」
 実は罠設置の提案に、私は反対意見を出したのです。最初に戦った魔理沙さんの魔法は機動力と攻撃性能に優れていて行動一つ一つにかなりの理力が働いている、正確に先を読んだ戦闘方法だった。そんな彼女に対して幾らパチュリー様の知識を用いても、素人仕込みの罠が効くかとは思えなかったのです。むしろ私達にとって邪魔になりそうだし…。
 …え?そこまで考えておいて何で罠作りに同意したか…ですか?そもそも『それはどうかと…』的な事しか言ってないし、やる気いっぱいのパチュリーさんを止めるのも気が引けますし、それに……
 「…それに…お忘れですか……?私の主はパチュリー様、貴女です。どんな理由であれ、貴女の命令には背けません」
 「………」
 はっきりと、心の底から出た言葉です。
 昔、私はパチュリー様に忠誠を誓いました。強制されたわけでもないし、勿論脅されたわけでもない。実際に『契約期間は貴女が決めていいわ』とまで言われたくらいだ。
 当時交わした契約は、とりあえず一年。私が適当に決めたのを、パチュリー様は二つ返事で了承した。今思えば、本当に意味も無いで何気ない、戯れの感覚で私を呼んでみただけなのかもしれません。
 あれから、どれほどの年月が流れただろうか。
 「……ねえ、貴女…。もう契約も切れたのに、何でここに居るの?」
 「………………それは…」
 少なくとも一年など遠い昔。パチュリー様との契約は過ぎてはいるが、切ってはいない。
 私はふと、思いにふけってしまいました。パチュリー様の問いに、うまく返せないのです。
 どうしてだろう。
 何故だろう。
 パチュリー様ではないけれど、うまく表現できない。緊張のせいか、胸が高鳴って止まない。
 「……私は…お邪魔ですか?」
 「いや、そうじゃないけど…何となくよ」
 「………私は……私…は……」
 皆さんは…何故自分が此処に居るのか、考えた事はありますか…?
 パチュリー様と共に暮らす時間…それは私にとって、既に日常。
 当然のように経てきた今までを『何故』と聞かれても…正直、答えられない。しかし改めて考えれば、私がここに居止まるのはパチュリー様にとっては…私は異端なのだろうか。だとしたら……。…だとしたら………。
 「…ふふ、変なの。でもね…少なくともね、邪魔じゃないわ」
 抑えた笑い、飾り気の無い言葉。優しさでもなく偽りでもないそれは、一目見ただけで私の頭を真っ白にしてしまった。
 心を捕らわれた、とはよく言ったもので、今の私は正しくそれそのものだ。
 初めてお会いした時の、今でも忘れられない光景。
 空っぽで、無色で、危なっかしくも自分らしさを保ちつづけるその様は、どこか勇ましく、どこか物悲しい。
 そんな有り方に、私は魅力を感じたのだろう。
 
 そうだ。
 簡単な事だった。
 私は、パチュリー様が好きなのだ。
 私は、この人の力になりたいと思ったのだ。

 私も以前は『無色』だったのだろう。
 いえ、『無色』になりたかったのだろう。
 ここに来る以前から、私は色んな存在に使い魔として召喚された。詳しい数は覚えていないが、主となった者達は多種多様だった。
 ある者は自我と欲望に溺れ、ある者は既に堕落しきった姿……。命令とかの内容も含めて、正直、余りいい思い出はありません。皆さんの想像にお任せします。
 私は悪魔という身でありながら半端に優しさを持っている為に、幾つもの葛藤と決断を強いられました。無論それらが出来ない時もありました。
 ですからその度にこう思うのです。心なんて、優しさなんて無ければ。自分が『無色』で、何かある毎に色んな色に染まれればどんなに楽かと。
 時には白く、時には黒く、時には鮮やかに…。空っぽなら悩みなんて必要ないから。
 でも、出来なかった。
 自分が可愛いのか、下手なプライドか、自分を否定してまでそうはなれなかったのです。
 そして一つの契約が切れ、再び召喚に応じた時。その相手はパチュリー様だった。
 初めての彼女の印象は、『無色』でした。
 私が知りうる『人間』の領域を遥かに超越した魔力による圧倒的な存在感。
 しかしそれと同時に感じられる、虚無とも取れる程押さえ込まれた乏しい感情。
 色に例えると、明るくも暗くもなく、目を引くわけでも気持ちが安らぐわけでもない『無色透明』。
 でも他の色に染まろうとも混ざろうともせずに、それが自分だと言っていられる強い意志を持った『無色透明』。
 強い意志と言うか、それが自分だと信じて疑うことがない。つまり『色』という範疇において、すでに『色』として存在しようとしていない。そんな『無色透明』。
 唖然としてしまった。初めて出会う『色』だった。
 この人のあり方が、憧れだった。
 この人のあり方が、私に安息をくれた。
 私が何色であろうと、この人は『無色』。この人が何をしようと、私は何色であっても悩まない。

 この瞬間から、私はこの人に惹かれ、好きになったのだ。
 この人な為なら何でも出来る。心の底からそう思えた。

 だから、この人が『無色』であり続けるならそれを全力で手伝う。
 そうでなくても、パチュリー様の命令に従う。何があろうと破らない、私の唯一かつ絶対の誓い。
 
 「……ぃ…………てる?…おーい」
 「……」
 パチュリー様の声で、私は我に返った。どうやらすっかり足を止めてしまっていたようです。
 しかし、また耽ってしまった。自分には妄想症でもあるのでしょうか。
 「顔…真っ赤よ?大丈夫…?」
 「ぁ……いえ、平気です…」
 その返事はちょっとした嘘になりました。身体に異常こそ無かれ、少し恥ずかしくて、落ち着きが無い。
 「そう…ならいいけど」
 パチュリー様は止めていた歩みを再開しました。しかし、それはすぐに止まります。
 「あ、そうだ…一応言っとくけど……」
 パチュリー様は振り返らずに、か細く話します。
 「私ね…黒いのに対しては、やっぱりどうしたらいいのかわからないの…」
 「…魔理沙さんが来る前のお話……ですか?」
 罠を一通り仕掛け終わって、休もうとした時の話だ。あの時は結局パチュリー様の判断や気持ちをしっかり聞く事が出来なかった。
 「うん、そう。……まだわからないし、わかる事なんて無いかも知れない…」
 「…」
 「でもね…私は私らしく、やっていくわ。魔理沙とも、勿論貴女とも」
 決意を新たにした覇気も言い知れない事実に対する不安もない、いつも通りのパチュリー様。圧倒的な魅力と存在感を持つ『無色』であるいつものパチュリー様。
 「その結果、私が私じゃなくなっても、それはそれ。…正直怖いけど、それが『答え』」
 『無色』でいることかいいとは言えないし、変わってしまう事がいいとは限らない。
 でも私にとってパチュリー様はパチュリー様。
 「…そう…ですか……」
 「………もし変わってしまったら、貴女に酷い事をするようになるかもしれないし…最悪、殺すかもしれないわ…」
 やたら冷たく言うパチュリー様。無垢な子供の様な残虐さと同等だと思われるが、何処となく悲しげです。
 …そんな事は関係ありません。そうなってもパチュリー様に変わりはありません。只単に色違いなだけです。
 「……契約、切るなら今の内よ…?」
 「…」
 『無色』だからパチュリー様を好きになった訳ではない。だから何色になろうと問題など無い。
 だから…
 「ふふふ……こんなズボラで喘息持ちな主人、放っとけるわけ無いじゃないですか…」
 「………」
 「……せめて体調管理が出来るようになるまでは居させてくださいね…」
 少し間を置いてから、敢えて意地悪く答えました。前からずっと決めていたのです。何があってもついていく、と。
 一瞬だけ振り返ったパチュリー様は軽く笑っていました。…気のせいでしょうか、少し目が潤んで見えます。
 「やっぱり…変なの、貴女って…」
 「そうですね…自覚はしていますけど…すみませんね、変な使い魔で」
 
 「いえ……むしろ感謝してるわ…。ありがとう」
 「どう、いたしまして…。ご主人様」



 そして、ちょっとだけ変わった日常が始まります。
 パチュリー様と私が居て、そこに魔理沙さんが加わった。それだけの変化。
 そう、それは私達の長い生涯において一瞬の、本当に閃光のような出来事でした。

 
 
 
 ―――――終―――――


あとがき(当時
きっとお初に、むしろお初に、つーかお初に、しかもお初にお目にかかります。むむむとか言う人間です。
 4面中ボスでなんかすごい勢いで俺的妄想してたらクソ長くなってしまいました。しかも似たような表現が多いわ文章の構成に無駄があるわで読みにくい……。書式を右端で折り返さないと特に…。物事を簡単に表すの、苦手みたいです。
 あれです。私、恐ろしいくらいド素人でヘタレなんで。もう皆さんずんどこ脳内補正してやって下さい。
 
 元々4面中ボスを中心にという事で、パチュリー絡みです。安直。単純さ全開。キングオブ捻りなし。
 紅魔郷本編EDの2〜3日後の話。まだパチュリーが魔理沙に慣れてない時の話を想定しました。だから喧嘩もします。『魔理沙とぱちゅりんは俺的にラブラブ(死後)なんじゃぁぁぁぁぁ!!』という殿方。安心されよ。もう3〜4日すれば、二人の関係はそりゃもうあなた…。
 そうなったらきっと4面中ボスは身を引いて二人のラブラブ加減をそっと見守るのだろうか。げはぁっ!?(吐血)イイ!!それ実にイイ!!何と健気で儚くも可憐な志!!止まラない。

 それはそうとして、この話は4面中ボスの心境が中心です。よって「何これ?超意味プー」なんて感じる表現とかは各自で妄想よろピコ。…今、表現しきれない為の『逃げ』だ、って思った人、怒らないから手を挙げなさい。
 4面中ボスは『パチュリーのある意味での純粋さと危なっかしさに惚れた』『パチュリーが主だと安心できる』という事で図書館に居座っている訳です。変な奴爆進中。ちなみに雑務ってのは本の管理と整理、あと掃除ですね。あの図書館において4面中ボスは『従業員』、パチュリーは『責任者』といった役割ですね。

 一応備考を……
 >「『無色』って何の事?」
―――――見てわかる通り性格を色で表したものの一つでして、特徴がないとかつかみ所がないとかとはちょっと違います(それらはどちらかというと真っ白だと思います)。ちなみに白黒つける、という意味ではないので)。言うなれば、0。空気のような存在。風景として捉えたら、眼中にも収まらない存在。下手をすれば感情が無い、という事ですね。パチュリーは私的にそんな感じで、長年本と共に生きるのが自分だと思い込んでいて、ずっと一人だった為に、余り使わない感情を封じ込めたものと思われ。本来は明るいのかもしれないし、そうじゃないのかもしれないし。

 >「何でまた罠?」
―――――いや、何となく…中ボスとパチュリーが協力する状況ってのに、いいネタが無くて…

 >「悪魔の契約って魂と引き換えでしょ?パチュリーもそうなのに何で期間切れてもパチュリーは死なないの?」
―――――契約ってのは互いの利害を踏まえた上での同意で成り立つ物だと思うので、力を貸す代わりに死んだら魂貰うって奴は悪魔が提案した契約の内容であって、契約の必然って訳じゃないと考えてます。優しい中ボスとどうでもいいパチュリーにはそんな発想には至らなかっただけ、という事で。パチュリー達の契約内容は秘密です。ちなみに中ボスが悪魔らしからぬ性格なのは仕様です。だって萌えるし…

 >「文章が東方していない」
―――――すみません。それはきっと会話が少ないからですね…。その会話も結構違和感あるし…ゆ、許して下され……。

 >「キャラも東方してなくて変。つーかイメージが合わない」
―――――私にとってパチュリーとか魔理沙とか美鈴とかはこんな感じです。しっくりこなかったらごめんなさい。

 >「結局何が言いたいのかわからない」
―――――それも表現不足です…ごめんなさい。『魔理沙が来た時から変わりつつあるヴワル魔法図書館の日常』って感じのつもりなんですが…。精進します。すみません。

 最後に4面中ボスの設定をば。(某絵板に書き込んだのに追加)
 ・高位の悪魔
 ・パチュリーに召喚され、図書館の雑務をしながら生活している。
 ・見た目は人間の歳で18,9歳くらい。
 ・実際はかなりの歳で、レミリア以上かも。(力はレミリアの方が上)
 ・パチュリーに呼ばれる前にも様々な輩に召喚され、辛い思いをしていた。
 ・意見は言うが、パチュリーの言う事や命令は絶対逆らわない背かない。
 ・誰にでも優しく包容力がある。また、細かい所も良く見てるお母さんタイプ
 ・言葉使いは丁寧。どんな時でも笑顔を絶やさない、ある意味での強さを持つ
 ・時折悪魔らしく意地の悪い冗談を言う。
 ・頭の羽や尻尾は良く動き、それで喜怒哀楽がわかる
 ・パチュリー、美鈴が何故か好き(恋愛に似た感情)で、何かと支えになろうとしている
 ・少しわがままな性格なのだが、自分を律することが出来るためそうには見えない
 ・魔力はかなり高いが、スペルカードは持ってない
 ・さりげなくスタイルいい
 ・ちょっと間の抜けたところがある
 ・甘いものに目がない
 ・垂れ目

 ……………もう止めますね。はい。救急車呼ばれそうですしね。はい。
あと、誤字脱字があったらごめんなさい。
 ではまた会えたらいいですね。皆さんよい電波を(挨拶)。

あとがき(今
……力が無いから小悪魔いうのに高位の悪魔だとか校正する昔ではパチュリーさんとかだったとか、ツッこみ所満載ですが、…若気の至り…?アウアorz
これを書いて小悪魔のイメージが固まりました。ええ。…今となってはっ……!!


戻るぜ。